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5月5日 国際列車 中国側
●綏芬河 中国出国
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綏芬河駅 |
列車は6:30に国境の綏芬河に到着した。
ここで出国審査を受けるわけであるが、どこでどのようにするのかが、わからない。
列車にのっていたロシア人たちは、ホームに降りてどこかへ行ってしまった。
さて、どうしたものかと車掌に尋ねると、出国審査は列車内で8:00から行うから、それまではフリー。外にでてもよいとのことであった.... と書いてしまうと簡単だが、車掌からこれを聞き出すのは大変であった。
まず、ロシア人の車掌は、英語がまったくわからない。
「ワン・ツー・スリー」「トレイン」「タイム」レベルの単語すら理解しない。
中国との国際列車に乗っているからといって、漢字で筆談できるわけでもない。
日本語なんてわかるわけがない!というわけで、身振り手振りとアラビア数字の筆談で、とにかく8:00に戻ってくればよいことを確認した。
「8:00」とかいたメモを見せ、乗っている列車を指さし、戻ってくるようなジェスチャーをすると、車掌は「ダーダー」と言ったので、たぶん大丈夫なのだろう。
列車に戻る時間の確認ができたので、ホームにおり駅の外にでてみる。
といっても、食事をしようにもそれらしきレストランはみあたらないし、市場には遠くて行けないので、雑貨屋であまった元をループルに両替したり、駅周辺をなんとなくぶらぶらしてすごす。
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運び屋さんたち |
さて、駅待合室にいると、ここから国境を越えるのであろう、ぞくぞくとロシア人が集結してくるところだった。それもでっかい荷物を持って...
その荷物のほとんどはビニールシートにくるまれており、大きさ重さから、中身は多分衣類や雑貨品だろうと想像できた。
「買出しにきてこれ持ってロシアに行くんです」といわんばかりの、とてもわかりやすい姿光景である。
そのでかい荷物をロシアに運ぶと、どれだけ儲かるのか知るよしもないが、その姿は相当に気合がはいっていた。
そうこうしていると、出国審査の時間になる。
列車にもどり待機していると、中国の審査官がやってきて、パスポートにポンと出国印を押してくれた。
そして、しばらくすると別な係員が出国税を徴収にきた。
25元と言うが既に両替してしまった後なので元はない。ルーブルでは100Pと言う。レートを考えるとかなり悪いがしょうがない。言われたままに払った。
これで一応中国を出国したことになる。
出国したのでもう列車の外には出られない。
発車までじっと待つ。
●国境通過
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国境地帯を進む列車 |
線路わきに点在する小屋 |
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監視塔のようなもの |
ゲート |
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山肌の国境線らしきもの |
ロシア側国境手前の施設 |
列車は綏芬河を9:25に発車。
ゆるやかにつらなる山のなかを、右に左に大きくカーブしながら、時速40Kmくらいのスピードでゆっくりゆっくり進む。
ガッタン、ゴットンと、このゆっくりさがたまらなく、いかにも注意しながら進んでいますという感じである。
途中線路わきにいくつか見張り小屋や監視塔らしきものが見える。
そこには歩哨の姿こそないものの、まさに国境地帯なんですよというちょっとした緊張感が感じられる。
国境...ふだん意識することもないそれは、なにかワクワクさせるものがある。
私はバシャバシャとその風景を写真に撮りまくる。
しかし、ここで写真をとっていいのだろうか?いいや、たぶんいけないのだろう。
車掌は私になにか言いたそうな感じではあったが、言葉は通じないし、面倒くさかったのであろう。なんのアクションもなかった。
それをいいことに、私はそれを続ける。
さて、国境線はどこだったのか?いつ越えたのか?
注意していたはずだが、わからず、いつの間にか通過してしまったようだ。
いくつかのトンネルがあったのでそれがそうだったかもしれないし、ゲートみたいのがあったので、それだったかもしれない。
遠くの山肌に、線を引いたように木が切られているのが見えた。
長くのびたそこには、道はなく、たんにあっちとこっちを区別するだけの場所のように思えた。
たぶん、それは、国境線だったのであろう。
ロシア側のグロデコボ駅につくあいだに2つ停車場があった。
1つめの停車場から2つ目の停車場のあいだで、白人が線路工事していたのが見えたが、この時に「もうロシア側にきてしまったんだなぁ」と思った。
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